理論の概要と特徴
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はじめに
『ナイチンゲールKOMIケア理論―生命科学モデルに基づく看護理論―』は、近代看護の創始者フローレンス・ナイチンゲールの思想を継承し、現代の生命科学、生理学、進化学、生命誌などの成果を基盤として再構築した新しい看護理論です。
本理論は、約30年にわたる研究と臨床実践、教育活動を通して形成されてきました。
その目的は、新しい看護技術を提案することではありません。
病気とは何か、看護とは何か、人間とは何かを、生命科学の視点から統一的に説明し、看護学の新たな基盤を築くことにあります。
従来の看護理論の多くは、人間の行動や心理、環境との相互作用を重視してきました。
本理論はそれらを否定するものではなく、その基盤にある「生命そのもの」「いのちのしくみ」に着目し、人間が本来もつ回復する力を科学的に理解し、その人の個別の生活過程を整えることによって、回復を支援する理論です。
ナイチンゲールKOMIケア理論の全体像
ナイチンゲールKOMIケア理論は、学問の構造を有し、以下のように提示されます。

真ん中の紫色で囲まれた部分が「ナイチンゲールKOMIケア理論」の構成要素です。
看護学の対象は“看護実践そのもの”ですから、本理論は、実践の目的を示す「目的論」、実践の対象を説く「対象論」、それに実践の目的を形にしていくための「方法論」を備えています。
さらに人体と疾病を看護独自の視点で捉える「いのちのしくみと疾病論」を把持しています。
これらの要素が一体となって理論全体を構成しているのです。
ナイチンゲール思想の継承と発展
ナイチンゲールは『看護覚え書』の中で、現代にも通じる二つの本質的な命題を示しました。
① 病気とは回復過程である。
② 看護とは回復過程を支援することである。
この二つの命題は、経験的な観察から導かれた優れた洞察でした。
しかし、その当時は生命科学が十分に発展しておらず、なぜ病気が回復過程であるのか、なぜ看護が回復を支援できるのかを科学的に説明することは困難でした。
ナイチンゲールKOMIケア理論は、現代生命科学の知見によって、この命題を論理的に説明し、看護理論として体系化した点に最大の特徴があります。
「生命科学モデル」とは何か
生命は偶然に維持されているのではありません。
人体には、広義の意味での恒常性維持システム(ホメオスタシス)が備わっています。
それには神経・内分泌・免疫による調節、細胞の再生、組織修復、代償機能など、多くの回復システムが適時に働いています。
病気とは、生命が破壊される現象ではなく、生命がその恒常性を回復しようと働く過程でもあります。
したがって看護とは、この生命の回復システムが十分に働けるよう生活過程を整え、生命活動を支える営みであると考えることができるのです。
生命科学モデルとは、この生命現象そのものを看護学の基盤として位置づける考え方です。
「いのちのしくみ」を中心に据えた看護学
本理論では、人間の生命は、
• 呼吸
• 循環
• 栄養
• 排泄
• 神経
• 内分泌
• 免疫
という生命活動(生命のめぐり)が絶えず循環し、互いに支え合うことによって維持されていると考えます。
これらは単なる生理学的機能ではありません。
生命活動は生活そのものを支え、生活の質は生命活動に影響を与えます。
この生命と生活との相互作用を一つの体系として理解することが、看護の本質につながると考えています。
人間を総合的に理解する五つの過程
本理論では、看護の対象である人間を、
• 自然過程
• 生命過程
• 認識過程
• 生活過程
• 社会過程
という五つの過程から総合的に理解します。
人間は生命誕生の段階から、地球環境の変化に応じて進化してきた生物の一種で、身体だけでも、心だけでも、社会的存在だけでもありません。
生命活動を営み、認識し、生活し、社会との関係を築きながら生きる存在です。
看護は、その全体性を“いのちのしくみ”を通して理解し、その人らしくあるあり方を支援する営みであると位置づけています。
実践へつながる理論
ナイチンゲールKOMIケア理論は、理念だけを語る理論ではありません。
理論を臨床で活用するために、
• 看護(ケア)の5つのものさし
• KOMIチャート
• KOMIレーダーチャート
• 看護過程展開システム
• 評価システム
などの実践ツールを備えています。
理論から実践、そして評価までを一貫して支える構造をもっていることも、本理論の大きな特徴です。
理論誕生までの30年の歩み
本理論は、一朝一夕に完成したものではありません。
臨床現場で患者と向き合い、教育の現場で学生と議論を重ね、多くの研究者や実践者との交流を通して、「なぜ人は回復するのか」「看護は何を支えているのか」という問いを探究し続けてきました。
その過程で、生理学、解剖学、免疫学、進化学、生命誌など、多様な生命科学の知見を学び直し、それらを看護学と結びつける作業を積み重ねました。
約30年に及ぶこの探究は、ナイチンゲールの思想を現代科学によって再解釈し、新たな看護理論として結実させたのです。
ナイチンゲール看護論との比較
ナイチンゲールは、「自然が患者に働きかけるよう最良の状態を整えること」が看護であると述べました。
ナイチンゲールKOMIケア理論は、この考え方を全面的に継承しています。
その一方で、現代の生命科学によって、自然治癒力の背景にある恒常性維持機構や自己修復機構としての神経・内分泌・免疫による調節、細胞の再生などの生命現象が明らかになりました。
本理論は、ナイチンゲールが経験的・直観的に捉えた生命の働きを、現代科学によって説明し直した理論であり、「継承」と「発展」を同時に実現したものといえます。
アメリカ看護理論との違い
20世紀後半、多くの優れた看護理論がアメリカを中心に提唱されました。
これらの理論は、人間の適応、セルフケア、基本的欲求、人間関係など、看護実践に重要な視点を提供してきました。
一方、ナイチンゲールKOMIケア理論は、それらとは異なる出発点をもちます。
本理論は、「生命はなぜ回復するのか」という生命科学の問いを起点としています。
生命の回復システムを理解し、生活を整えることを通して、その働きを最大限に支援することを看護の中心に据えている点に、大きな特徴があります。
心理学や社会科学の視点を尊重しつつも、その基盤となる生命現象を理論の中心に位置づけていることが、本理論の独自性です。
本理論が看護学にもたらす新しい視点
ナイチンゲールKOMIケア理論は、「病気を見る看護」から「生命と生活を見る看護」への視点の転換を提案します。
生命を理解することは、病気を理解することにつながり、病気を理解することは、人間を理解することにつながります。
看護とは、生命の回復システムを信頼し、その働きが最大限に発揮されるよう支援する営みです。
この視点は、急性期看護、慢性期看護、在宅看護、介護、リハビリテーション、終末期ケアなど、あらゆる領域に共通する普遍的な基盤となるでしょう。
また、生命科学を基盤とすることで、看護学は医学や生物学と対話しながらも、独自の学問としての理論的基盤をより明確に示すことができます。
ナイチンゲールKOMIケア理論が提唱する三つの命題
ナイチンゲールKOMIケア理論は、フローレンス・ナイチンゲールが『看護覚え書』で示した二つの基本命題を継承し、その科学的根拠を現代生命科学によって明らかにするとともに、生命科学モデルに基づく新たな第三の命題を提示しています。
第一の命題
病気とは回復過程である。
病気とは、生命が破壊される現象ではなく、生命が本来備えている恒常性維持機構や自己修復機構が働き、健康の回復を目指す過程です。
ナイチンゲールKOMIケア理論は、この命題を現代生命科学の知見によって説明します。
第二の命題
看護とは回復過程を支援することである。
看護とは、生命が本来もつ回復する力を信頼し、その力が最大限に発揮されるよう、一人ひとりの個別の生活過程を整えることによって回復過程を支援する専門的実践です。
したがって看護の本質は、治療技術を駆使して病気そのものに直接働きかけることではなく、その人の呼吸、食事、睡眠、活動、排泄、人とのつながりなど、体内の生命のめぐりに関心を寄せ、その人らしい暮らしを整え、生命の回復システムが十分に機能できる条件をつくることにあります。
第三の命題
いのちは生活の中で営まれる。
いのちは生活の中で営まれ、生活を通して維持・発展・回復します。
看護は、そのいのちの営みに伴走する役割をもちます。生命力の消耗を最小にするように
働きかけ、もてる力を活かして、生活者として自らのいのちに向き合うことができるように手助けします。
結論:看護の定義と5つのものさし
ナイチンゲールKOMIケア理論が提唱する“看護の定義”は以下のとおりです。
「看護とは、人間の身体内部に宿る回復のシステムが、十分にその機能を発揮できるように、生活過程を整えることであって、それは同時に対象者の生命力の消耗が最小になるような、あるいはもてる力を活用して、生命力が高まるような、最良の状態を創ることである。
さらに看護とは、生命力を増大させ、今以上の健康の助長を目指して、(時には死にゆく過程を、限りなく自然死に近づけるようにすることも含まれる)QOLの向上と、その人らしい生活の実現を図ることである。」
この定義に沿ったケアを展開しやすくするために「5つのものさし」が作成されています。
ものさしが意味することを思考しながら、現象の意味づけを行っていけば、自ずとケアの方向性は明らかになるはずです。
「5つのものさし」
1.生命力の消耗の最小化
2.もてる力の活用
3.回復過程の促進
4.生命力の増大(自然死への過程)
5.QOLの向上とその人らしい生活(死)の実現

おわりに
ナイチンゲールが160年以上前に示した「病気とは回復過程である」という洞察は、現代の生命科学によって、その科学的意味が少しずつ明らかになってきました。
ナイチンゲールKOMIケア理論は、その知見を看護学として体系化し、「生命とは何か」「病気とは何か」「看護とは何か」を一つの理論として統合したものです。
本理論が、臨床・教育・研究のあらゆる場面において活用され、一人ひとりの生命力を支える看護の発展に寄与することを願っています。
そして、この理論が、ナイチンゲールの思想を未来へとつなぎ、新たな時代の看護学を切り拓く一つの礎となることを期待しています。
